2016年7月28日木曜日

SF/SV, Boston and NY (4)


ニューヨーク

—ウィーワークが提案する新たな起業コミュニティ—


ニューヨークは、サンフランシスコに次いでスタートアップ企業数やベンチャーキャピタル投資が多い、世界第2位の都市である。都市別でこれらに続くのが英国・ロンドンだが、ニューヨークのおよそ半分の規模と、その差は大きい。

そのニューヨークを本拠地として拡大しているのが共同オフィス賃貸業のウィーワークである。時価総額100億ドルといわれるユニコーン企業で、ニューヨークだけで30拠点、世界で70拠点以上展開している(20163月現在)。毎月5カ所のペースで新拠点をオープンしており、利用者数は、世界中で5万人以上にのぼる。ロンドン、ベルリン、サンパウロ、上海など各都市に進出しており、東京でも開設予定だという。

 ウィーワーク・フルトンセンターは、もともと同社の本拠地で、ニューヨークで最大規模を誇る。ロウアー・マンハッタンのグラウンド・ゼロ近くのビルの10フロアを占める。強烈な活気溢れる通りからひとたび施設に入ると、温かみのある木目を基調とした交流スペースが広がる。同センターの入居者は1700名で、スタートアップ企業はうち2割、それ以外の入居者は大企業のサテライト拠点や、フリーランサー、税理士・法律家など、様々である。地下鉄通勤に便利な立地で、家賃の高いマンハッタンで事務所コストが削減できる。

コスト面もさることながら、同社が他の施設と差別化するポイントは、コミュニティである。個別のオフィスでも間仕切りはガラスで、誰が何をしているかが一目で分かるつくり。キッチンや交流スペースも、入居者同士が交流できる動線になるよう工夫されている。入居者限定のSNSアプリでは様々なコミュニケーションが可能で、例えば自分が作ったロゴについて、メンバーに見てもらいフィードバックを得ることもできる。そのようなことを通じてコミュニティの基盤が出来、大人数になればなるほどネットワークとして向上するという。

同社が進めるインキュベーションもコミュニティが鍵である。フルトンセンターをはじめとする5拠点に「ウィーワーク・ラボ」を開設し、選抜されたスタートアップ企業同士や大企業との共同開発の場を提供、投資家とのマッチングも行っている。クラウドファンディング出身のラボ・マネジャー、アブラモビッチ氏は、「ラボに選抜されるスタートアップ企業の要件として特に重視するのが、コミュニティ意識を共有できるかどうか。初期のスタートアップ企業は悩みも共通なので、ラボを核としたコミュニティで助け合うことで、課題解決と成長につながる」という。いかにコミュニティ全体を向上させていけるか、に腐心しており、施設内を巡る折にも、同氏は絶えずメンバー企業への声掛けを行っていた。
ラボ・マネジャー アブラモビッチ氏(左)
 
 スタッフ体制は、昨年は世界全体で320人ほどであったが、現在1500人と5倍となっている(20163月現在)。毎週数十人を採用しており、その多くをコミュニティ・マネジャーとして各拠点に配置する。不動産専門スタッフもいる。施設設計・デザインは全体的に統一され、ブランドイメージは高い。綿密な事業戦略をベースに、ウィーワーク、すなわち「働く私たち」に焦点を当て、コミュニティという切り口で差別化する。単なる「箱もの」事業を大きく凌駕するソフト面の成長要素が詰まっている。

国際IT財団 http://www.ifit.or.jp
(初出:『生産性新聞』2016.8.5, 2503号)

2016年7月27日水曜日

SF/SV, Boston and NY (3)

ボストン・IoTの発信地に生まれたハードウェア・エコシステム


 ボストンは、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)が集積する学術都市である。イノベーション環境が高く評価され、製造業のIoT化へ大転換を図るGEも本社移転を発表。市内中心部はシリコンバレー並みの経済成長を遂げている。

 MITのサンジェイ・サルマ教授は、IoT黎明期の技術「RFID」(ICタグによる個別情報の自動認識システム。流通・製造現場などで導入)の標準化を推進してきた第一人者である。同教授によると、IoTとは技術ではなく、あらゆるものをデザインするボキャブラリー、すなわち語彙力である。IoTによって、あらゆる行動が新たにデザインされ、変化することに着目すべきだという。運転手を雇わず、スマートフォン・アプリによって固定費を各段に下げたウーバーが、世界各地で既存のタクシー業界を代替しようとしているのは、その代表例である。新しい思考・行動ができなければ、革新の波に乗り遅れてしまう。


サンジェイ・サルマMIT教授(右)

同教授によると、ミレニアル世代(25歳から35歳)に革新的な傾向があり、世界各国でIoTの大きな推進力になっている。「外国語の習得は13歳までが望ましい、といわれる。IoTも同じで、上の世代は、過去の知識や経験が邪魔をしてしまい、IoTという言葉で『再思考』することが難しくなる。そのため、IoTに対して抵抗が強くなる。日本では、45歳以上の世代が政策決定の実権を握っている点が、変革のスピードを弱めている。」(同教授)

シリコンバレーでもボストンでも、スタートアップは20~30代が中心だ。IoTのエコシステムでは、単に新たな企業を生み出すということではなく、新たな発想をもたらす「若い力」をいかに引き出すか、そして彼らをいかに支えるか、が問われている。

MITのほど近くに、ハードウェアのスタートアップ企業を支援するドラゴン・イノベーションがある。ロボット掃除機・ルンバ(iRobot社)の開発者らが創設した。ソフトウェアのスタートアップなら製品化と開発が同時に進められるが、ハードウェアではそうはいかない。また、プロトタイピング(試作)の段階が難しいと思われがちだが、実際は、量産化で壁にぶつかるケースが多い。同社では、それを専門の技術スタッフが支える。

ボストンは、さながら不夜城。MITの研究施設は明かりがこうこうと灯り、ドラゴン・インベーションのラボでも、夜も週末もプロトタイピングができる体制になっている。情熱を持って起業するのだから、とことんやりぬくのが当然、という熱い現場である。それをサルマ教授やiRobotの成功者が見守る。若者をその気にさせる仕組みが成り立っていた。


 
国際IT財団 http://www.ifit.or.jp

(初出:『生産性新聞』2016.7.15, 2501号)

2016年7月5日火曜日

SF/SV, Boston and NY (2)

プラグアンドプレイ・テックセンター

「アクセラレーション・プログラム」



 プラグアンドプレイ・テックセンター(PNP、シリコンバレー)が力を入れているのが、スタートアップ企業の成長支援プログラム「アクセラレーション」である。

 スタートアップへのオフィス賃貸業からスタートしたPNPは、その後、自らスタートアップに投資するようになった。しかし、投資するだけでは、有望な企業であっても成功するとは限らない。そこで、技術アドバイス、事業方針・計画など経営相談対応、大企業や投資家とのマッチング機会などを1つのパッケージとして提供し、成長を加速する支援をはじめた。

 このような取り組みは、他のインキュベーション施設やベンチャーキャピタル、銀行などでも行われているが、PNPの強みは大企業とのマッチング機会の多さにある。スタートアップ企業400社が常時利用するPNPには、新しい技術を求めて日米欧の大企業が日々足を運ぶ。PNPは、毎日数回「ミートアップ」と呼ばれる場をつくり、スタートアップが大企業に技術を売り込む機会を提供している。ただし、全てのスタートアップがこれに参加できるわけではない。800社の申込のうち、エントリーできるのはわずか20社に過ぎない。専門スタッフによりきちんと選抜されていることが大企業にもPNPが支持される理由となっている。

 アクセラレーション・プログラムは、テーマ毎に複数の大企業がスポンサーとなり運営されている。現在、人気のテーマはフィンテックである。ドイツ銀行など世界から18機関と最も多くのスポンサーを集めており、日本からも三菱東京UFJや三井住友銀行などが参加している。

 フィンテックのスタートアップの例を紹介しよう。アクセラレーション・プログラム卒業後にPNPから投資を受けた最初のケースとなった「ファクトム」は、ビットコインの基盤技術であるブロックチェーンを使い、貸付記録、証券、保険、医療などあらゆる記録を分散的に管理するシステムを開発した。中国の不動産市場など、信用取引のインフラが未整備な市場でのビジネス展開を目指している。

 
ファクトム・ローレンスCMO
 
  現在プログラムに参加中の「ウィーアクツ」は、スマートフォンによる生体認証と位置情報とを組み合わせた本人確認により、パスワードを用いずに様々なアプリケーションにアクセスできる技術を開発し、世界各国の企業と実証実験を行っている。日本企業も関心を示しており、日本向けカスタマイズも検討しているという。

 フィンテックのプログラムを運営するのは、ディレクターのロビンソン氏32歳を筆頭に、平均年齢26~7歳の若いスタッフたちだ。起業の最前線で経験を積みながら目利き能力を鍛えた若い力が、シリコンバレーのエコシステムを支えている。


国際IT財団 http://www.ifit.or.jp

(初出:『生産性新聞』2016.7.5, 2500号)